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最初に言っておきますがこれから書くことは「全て事実」であり感動して欲しいとかではない。

ただ今日僕はこの記事を書くことで自分の中で頑張る糧にもしたい。

そして皆さんに「母」がどれだけ大事な存在か今一度理解して欲しい。

これは僕の話か、それとも僕の知り合いの話かはわからない。だが、僕の知っている話をするだけです。

それでは。

僕には母がいる。ちなみに僕は26歳。

あまり覚えてないが僕は幼稚園のとき虐められていて、毎日幼稚園バスに乗る時泣きじゃくりその度母がバスの運転手に謝って、車で送っていてくれたらしい。

この事を聞いたのが高校生くらいだったかなぁ。

その時は特に何も思わなかったが、今ならすごく有り難みを感じる。

小学生の時も少し病んでしまって僕は学校に行けない日や、行っても保健室で過ごしていた時期があった。

それでも母は僕の事を一番に考えてくれているのか、無理に聞いてこないし笑ってご飯も作ってくれていた。

そのおかげでちゃんと学校にも通える様になった。

当時はやっぱり有り難みを感じずそれが普通だと思っていた。

中学生になり私は付き合う友達も変わり、世間一般的に「ヤンチャな子」だなぁ。って少し感じる様な子どもでした。

少し母にも家族にも生意気な態度をとる、どこの家庭にもいる男の子だったのかな?

僕の父は少し厳格で通知表などの成績が悪いと説教をしてくる人だ。

母はその説教された僕を励ましてくれる人だった。

もちろんこの時も「お母さんありがとう」と心のどこかでは思っていたが母の優しさの本質になんてまるで気づけていなかった。

そして高校生。

僕は家から自転車で30分くらいの高校に通うことになった。

偏差値的には別に馬鹿でもないし、特別頭がいいわけではない学校だ。

僕は荒れた。

学校もサボって遊ぶのもザラで授業中もずっと居眠り。何もしていないのに何故かイライラする毎日。

家に帰っても母のちょっとした注意などで激しく当たって、暴言も吐く様になった。

自転車で通うのもだるくて、原付の免許を取りにいき高校の近くまでバイクでいってそこから歩いて通学していた。

先生にはバレていないが母はもちろん知っている。

注意されても「うるせえ」など汚い言葉を使って適当に否していた。

高校2年生の終わりから卒業くらいまで、母は何度も僕の担任に呼び出されていて高校に重い足を運ばせていた。

僕と先生、そして母の3人で高校の会議室で話す。

いつも母は泣いていた。

そして謝っていた。

僕は後悔していた。だがイライラを抑えることが出来なかった。

母はそれでも学校を出ると今日のご飯何がいい?とかそおゆう言葉をかけてくる。

それも無視して、ずっと携帯を触る。その時の自分を今は殴ってしまいたいって思う。

母はこんな僕なのに毎日誰よりも早起きして、お弁当を作って洗濯して僕を毎日起こしてくれていた。

これが母の仕事で当たり前なんかじゃない。母は誰よりも頑張っていた。

厳格な父に僕の悪さを報告したことなんて一度もない。

卒業間際には僕は母に対して申し訳ない気持ちでいっぱいだった。

耐えられないのでここで言っておく。僕は母が大好きだ。それは産まれてからずっと変わっていない。素直になれなかった。後悔しかない。

そして僕は大学に進み普通に卒業して、大手会社に就職した。

今も勤めている。

2020年4月4日

父と母ともに人間ドッグをやったらしい。

その日僕が仕事に行く前に父が「今日人間ドッグだからな。俺たちになんかあったら頼むぞ」と冗談まじりに言っていた。

「ハイハイ、、」

僕はこう返事して仕事に向かった。

2020年4月13日

仕事が上手くいかず失敗続き、上司にも嫌味を言われイライラしながら家に帰った。

「かあさーん、飯まだー?」

その時いつもならとっくに準備しているはずのキッチンに母の姿がなかった。

母はリビングのソファに座っていた。

「ねぇ、ご飯は? 早くしろよ」って言葉を残してリビングのドアをドンッと閉めて軽く母に当たってしまった。

普通にクソガキだ。

部屋で仕事をしているとリビングから「ご飯だよー」いつもの母の声が聞こえてくる。

母は笑顔だった。さっき軽く当たってしまったことを謝ることもせずに僕は部屋に戻った。

2020年4月16日

いつも通り仕事から帰ってくると家の駐車場の車の中に父がいた。

「どうしたの、今日早いね」と僕が言うと助手席に乗る様言われたので乗った。

「お前に大事なことを2つ伝えるから、よく聞けよ」と父が言った。

一つはコロナが流行っていて家の近くでも感染者が出たための注意喚起だった。

2つ目はある人に口止めされてるけどお前には言っておくって言われて伝えられた。

「お母さんな、癌が見つかったんだわ」

一瞬父が何を言っているのか分からなかった。

そして5秒後には呼吸がしづらくなるほど胸が締め付けられた。

そこからの父の話はよく覚えていない。

家に帰ると母はいつも通りご飯を作っていた。

いつもなら何も思わないが、ずっと母のご飯を作っている姿を見ていた。

見慣れたいつもの姿。

何故か出てくる涙。

ご飯を食べるといつもの母の味。

いつもの、母が目の前で食べてテレビを見ている光景。

次の日も起こしに来るいつもの母の声。

そしてベランダで洗濯物を干す母の姿。

ちゃんと洗濯が終わったら愛犬に餌をあげる母の姿。

目頭があつくなる。

僕はいつも洗わない食器を洗って仕事に向かった。

この記事を書いた人
ゆったりゆま

こんにちわ!ゆったりゆまです。家でゲームやパソコンをするのが趣味です(笑)人のためになる事が好きで、家にいても人のためになる事がしたいと思いブログを書いています。

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